同窓会活動のご案内

医26回クラス会(卒後40年合同会)

開催日時 2018年11月3日(土)
会場 ホテルメトロポリタンエドモント東京(飯田橋)
回生 医26回クラス会(卒後40年合同会)
報告者 田澤俊明(医26・昭50卒)

 平成30年11月3日(土)、飯田橋のホテルメトロポリタンエドモントン東京で卒後40周年を記念して歯学部との合同クラス会が開催された。同窓会理事長の佐藤達夫先生もご出席してくださり、医学部、歯学部ともに30名を越す出席で、司会は医学部は林 洋君、歯学部は原田 康夫君の両名で始まった。ちなみに当日の写真は原田君のお嬢さんの美人プロカメラマンが撮ってくれた。  
 開会のあと近況報告に先立ち、歯学部の物故者に対し黙祷をささげたが、医学部は物故者がゼロだったが、歯学部は意外に物故者が多かったのには驚いた。  
 平成29年の名簿では医学部で物故者ゼロは医26回以前にはなく、医37回までゼロのクラスは無い。珍しい学年だ。佐藤達夫先生から最近の医科歯科大学の学生が大変に優秀で大学の業績も全国的には勿輪、世界的にも医科歯科大学に対する評価が高いことを伺って安心した。その後、医学部、歯学部交互に近況報告を行なったが、時間の制限もあり、出席者全員の話は聞けなかったが、歯学部の八川君の話はユニークだったので、ここに紹介する。われわれの同期は医学部も歯学部も入学者が定員より少なかったのは周知のとおりであるが、当時のラジオ番組での合格者名発表と実際の入学者名を比較した結果、入学辞退者が10名以上いたそうだ。平成30年11月23日に日航の東京羽田発福岡行きの最終便がオーバーブッキングのために欠航というニュースがあったが、そのとき、ノーショー(no show)という業界用語を初めて聞いた。航空会社がオーバーブッキングする理由は予約しているのに定刻に顔を出さない(no show)を見越して多めに予約をいれるのだそうだ。医科歯科大学は当時2期校であったため、医学部も歯学部も第2志望で合格した受験生が少なくなかった。せっかく合格したのに顔を出さないノーショーカーがいたために医学部は75人しか入学していない。さらに1年生で退学したのは3名だったと記憶している。そのノーショーカーの人たちがその後医師あるいは歯科医師になったかどうかを八川君が医籍登録名簿で追跡調査したそうだ。結果的に完全には調査しきれなかったそうだが面白い試みである。少なくともあと5人ずつ合格できた人がいることを思うと、なんともったいないことをしたものかと思う。われわれ26回生は入学時は悔しい患いを持って入学した人もいたかもしれないが、健康にも恵まれ、楽しい学生時代を過ごし、卒業後は医科歯科大学卒ということを原点に、あまり束縛もプレッシャーも感じずに全国そして世界に活躍の場を求めていった。
 卒後40年たって、みんな元気でまた会えたと思えるのは幸せである。今回出席できなかった同級生も次の機会にまた会いましょう。

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開催日時 2016年12月2日(土)
会場 日本橋「たいめいけん」
回生 医26回クラス会
報告者 檜垣 惠(医26・昭53卒)

 2016年12月2日(土曜)夕暮れ時、歯学部同期八川君の紹介で「日本橋たいめんけん」に26回生69名のうち男性陣のみ25名が集いました。司会は古館伊知郎を彷彿させる軽妙でシニカルなトークの烏山君が担当し、来賓の佐藤達夫同窓会理事長からは同窓会館の順調な運営と解剖献体の飛躍的な増加という嬉しいご報告がありました。続いて主役の淡路の神童・泉君には就任祝いとして、院長室を明るくしたいという彼の希望で、小田切訓の‘南教会のある運河’という絵画が贈呈されました。武蔵野日赤一筋で肝臓学の泰斗となり、清濁併せ飲んで腹周りの風格も増し、今後の一層の活躍が楽しみの同期の誇りです。さらに乾杯の音頭を取った長老の永田さんから、札幌オリンピックが開催された1972年の4月1日午前1時の関東ラジオの深夜放送が披露されました。何と、その年の医科歯科大学合格者の出身高校と氏名の発表でした。二期校ならではの多くの入学辞退者に混じって、参加者の氏名が読み上げられると挙手して盛り上がりました。その後、食事を楽しみながら、遠方組の姫路の秀才・小山君、徳島の教育者・宋君、高野山出家僧・野村君から始まり、海外旅行三昧の中元君、ゴルフ・スキー満喫の田中君、寄付金なら任せろの小澤君など参加者全員の近況報告および欠席者からの伝言が紹介されました。一方、未だにやんちゃな加藤君、精神科医の武野君、萬年先生の愛弟子の新谷君から上梓した著書の紹介もありました。残念ながらビールが足りなかったのか薩摩の暴れん坊将軍・江石君からは本学のリーダー育成教育に対する真面目な問題提起だけでした。医師会にも進出しているらしい林君は、年長者(島、安岡、永田さん)もいながら物故者が一人もいない最高卒年であることは誠に喜ばしいことであると同期の幹事長らしい挨拶を述べました。そろそろ全員が前期高齢者の仲間入りですが、老後を楽しく暮らすには3K(健康、金、家庭または恋人)が大事であるという私の提言には皆、同意してくれたようです。
 最後に各自、脂質・糖分・塩分を気にしながら美味しい特製ラーメンとオムライスに舌鼓を打って締めとなりました。 

参加者

(後列)野村、倉沢、田澤、小澤、加藤、田中、林、宋、鈴木(高)
(中列)小山、佐々木、井川、檜垣、武野、張、野間、新谷、平野、室橋
(前列)鈴木(博)、中元、泉、佐藤先生、永田、江石、烏山
  

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開催日時 2015年1月24日(土)
会場 お茶の水医学会館9階「大会議室」
回生 医26回クラス会
報告者 林 洋(医26・昭53卒)

平成26年度の26回生クラス会を平成27年1月24日(土)午後6時より、お茶の水医学会館9階大会議室で開催しました。このところ、毎年秋に開催していたクラス会ですが、諸般の事情により、今回は1月の開催となりました。雪や天候不順を心配しましたが、当日はまずまずの日和でした。しかし、場所がわからず(葉書にはスペースの関係で地図は載せず、同窓会HPのアドレスのみ掲載)、遅刻した者もおりました。69名の同期の内、32名が出席し、恩師でもある理事長佐藤達夫先生にもご臨席頂きました。今回は江石義信先生の医学部長就任、烏山一先生の理事・副学長就任のお祝いも兼ねており、佐藤先生のご祝辞、長老永田先生の発声による乾杯のあと、両先生から就任のご挨拶を頂きました。お二人とも、すでに相当のご苦労をされていることが窺えるお話でした。その後、お二人にお祝いとして地球時計を贈呈しました。これは、当日出席の紅二点の、亀井先生と高木先生より手渡されました。しばらく料理を楽しんだ後、一人ずつ近況を報告してゆきましたが、全員が還暦を過ぎ、それぞれが今後についての思うところを色々と述べてゆき、皆、じっくりと聞き入っている光景が印象的でした。当日はケータリングで料理と飲み物を用意しましたが、給仕の人が3人もおり値段の割には豪華でした。また、9階だけに止まらず、7階の寄付者ご芳名簿で自分の名前を見つけたり、8階の和室を見に行ったりと、館内見学も賑やかでした。最後に集合写真を撮ってお開きとなりましたが、これは、同窓会事務局の太田さんの手によるもので、土曜日の夕方にご出勤頂き、誠に恐縮でした。

参加者

前列左より:服部、鈴木(博)、室橋、永田、烏山、佐藤理事長、江石、高木、平野、飯高、亀井

後列左より:田中、野村、大草、肥川、山川、保脇、鎌田、倉沢、張、小澤、檜垣、細矢、田澤、眞鍋、中元、野間、林(洋)、佐々木、小寺、鈴木(高)、加藤(他に、泉)

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