医科同窓会について

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2019 理事長挨拶

2019年を迎えて

平成最後の新年を迎え、皆様には既にお忙しい毎日をお過ごしの事と存じます。遅ればせながら、理事長として新春のご挨拶を申し上げます。

昨年2018年は、明治150年に当たりましたが、50年前の明治100年の時に比べますと、派手な記念行事はほとんど行われなかったように記憶しております。まさに「明治は遠くなりにけり」なのか、あるいは新元号に対する期待感のゆえなのか、定かではありません。明治100年に当たった1968年(昭和43年)には、16回生が卒業しております。すなわち、この年、東京医科歯科大学は新制大学として創立後、約20年が過ぎていたわけですが、最も古い旧帝国大学は既に100年の歴史を持っておりました。それから50年、もちろん彼我の差の絶対値に変わりはありませんが、約5倍だった差は約半分に縮まりました。この間、単に時間が経過しただけではなく、大学の血の滲むような努力が積み重ねられ、昨今では、「世界最高の小規模大学ランキング」で日本第1位、世界第15位に選出されたとのことです(会報第281号、大学からのお知らせ)。誠に慶賀すべきことであり、明治150年ではありませんが、提灯行列でもしたい気分です。

同窓生の活躍は、大学内だけにはもちろん止まりません。例えば、2016年にノーベル生理学・医学賞を大隅良典博士が受賞された際には、その右腕として大隅博士の受賞に多大な貢献をしたとして、東京大学医学部教授の水島昇先生(医39・平3卒)の存在が世間に広く知れ渡りました。そして、昨年、本庶佑博士が受賞された際には、博士のもとで研究され、その後PD-1阻害薬の開発に中心的な役割を果たされた、日本医科大学先端医学研究所教授の岩井佳子先生(医44・平8卒)が一躍脚光を浴びました。次は、いよいよ同窓生のノーベル賞受章をと、期待は高まるばかりです。

同窓会は、同窓生相互の親睦を図るだけではなく、母校の発展にも寄与する使命をもっております。母校が、そして同窓生が、かように多方面で活躍されていることは、同窓会として、この上ない喜びでありますとともに、同窓会運営の責任の重大さを改めて感じている次第です。

現在、同窓会事業は、よりキメ細かい、そして、持続可能な発展へと進化中であります。昨年より、年会費を値上げさせて頂きました。お蔭様を持ちまして、問題なく収受されております。その一方で、事業支出、経常支出について無駄がないかどうか査定を重ねております。同窓会館は、会員の紐帯の要としてより重要になっている一方で、貸会議室を中心として、大事な収入源にもなっております。社会情勢の変化も注視しながら、適切な運営を引き続き行って参ります。昨年初めて行われました、医学科5年生にスチューデントドクターとしての白衣を贈呈する白衣式は大変好評でした。学生本人だけではなく教職員からの評判も良く、今年も継続して行います。学生のうちから、同窓会員としての自覚をもってもらうことも意図しております。大学のお膝元であります東京地区の同窓会組織を強固にする施策を推し進めて参ります。病院部会の事業はますます充実しております。これを見習い、教育研究機関部会(仮称)を立ち上げるべく準備中でありますが、ここに来て、診療所部会(仮称)の構想も提起されて参りました。すべての職域に部会が存在することは理想的と思いますが、この点、慎重に議論を進めてゆきたいと思っております。

お茶の水フォーラムがことのほか好評です。同窓会館という常設の「箱」を得たことで、企画する側にもゆとりができ、自由で豊富な発想から、毎回の講演が組み立てられるようになり、それが観客の皆様にも伝わっているのではないかと思います。このフォーラムを通じて、さらには、ご招待いただいた各クラス会、各支部会の会合で、異能の同窓会員の方に出会う機会が多くなりました。それらの方々は、随時会報上でご紹介しておりますが、いずれもが、医学から医業へと発展していく中で、科学を芸術へと昇華された皆様ではないかと思います。こういう面からも、わが同窓生の底力を垣間見る思いがしております。

今年5月1日から、新元号となります。しかし、東京医科歯科大学は今後何十年も、そして100年先も続いていくでしょうし、また、そうでなければ困ります。そのためには、大学人のたゆまぬ努力が必要ですし、我々にも、それを支える努力が必要です。新年に当たり、遠き未来にも思いを馳せつつ、会員の皆様の引き続きのご支援をお願い申し上げる次第です。

佐藤 達夫(医11・昭38卒)

秋の叙勲

昨年2017年、秋の叙勲において瑞宝中綬章を受章いたしました。それに1年ほど先立ち大学から打診があり。それ以来、東京医科歯科大学 (TMDU)の人事課と東京有明医療大学(TAU)の総務部に書類の作製などで大変お世話になりました。学会などの役職などの履歴についても一々問い合わせて文書で確認をとるなど煩雑な事務が必要であり、また業績調書の作成にあたって臨床解剖学秋田恵一教授とTAUの林 洋副学長にお世話になりました。ご迷惑をおかけした多くの方々に心から感謝申し上げます。

今回の受賞は、長年にわたる国公私の医療系大学における教育と研究その他の活動へのねぎらいかと思われますが、なかでも本学における29年3か月にわたる教員としての勤務がもっとも重要なことは言うまでもありません。当然、TMDUには思い出も少なくないのです。

1969年に解剖学第2講座に大学院生として入室しましたが、格別理由があったわけではありません。本号の41ページに、尊敬する大野喜久郎名誉教授(医19)は中学時代にすでに脳外科医になることを決めていた、というくだりがありますが、好きなこと、やりたいことがあることほど幸せなことはありますまい。それにくらべ私の場合は、不得意の分野を除外した末のネガティヴな苦渋の選択でありました。しかし今になって思うのは、大切なのは進路の選択ではない、そこでいかに活動するかだ、ということでしょう。

解剖学は教育のイメージが強い。しかし面白くない。これを何とかしたい。優秀な学生たちに対峙するには、「構造の原理を尋ねることで、解剖学は形態学になる」をモットーに進むしかあるまいと思ったことでした。しかし薬にたとえると、原料と製造法が良質でも、調剤法と服用法が生かじりのままでありました。当時の学生にはずいぶんと迷惑をかけたと思います。再び生まれ変わったら何をやりたいと問われれば、もう一度同じことをやりたいと答えることでしょう。こんどはもう少しうまくやれる気がするからです。解剖学実習に必須の献体に関する諸問題にも、広く深く関わりをもたざるをえませんでした。TMDUの献体の会が成長して遺体不足が解消したこと、また献体を国家的に認知した1983年の献体法の制定を見届けることができたことは幸せでした。

外科の先生方のお誘いで機能温存手術支援のための臨床解剖学に手を染めることになったのは、幅を広げるのに役だったと思います。胃・食道・乳腺の取扱い規約のリンパ節表示図の作成に携わったことは楽しい思い出です。最近でも、鏡視下手術のおかげで、これまで気づかなかった細かい神経や血管それに筋膜が見えるようになり、それらの中枢側における繋がりが問題となってきています。自然と解剖の出番が増えて、その余沢が私にもおよぶようになりました。

校務と公務では、千年紀の変り目の諸改革に遭遇し、少なからぬ重要課題に関係せざるをえないはめになりました。学内では大学院化にともなう諸事、学外では懸案の医学教育改革におけるモデル・コア・カリキュラムの作成と臨床実習前の共用試験の設計など、困難なプロジェクトでした。それから20年近くの歳月が流れて、母校の隆盛と医学教育の改革の急激な進行をみるとき、感慨深いものがあります。

以上のように私は改革の激動期を経験することができましたが、役目がらから、また立地条件の良さから関わりをもてたというのが本当のところで、委員の先生方が動きやすい環境を維持することだけが仕事でありました。今回の叙勲も常に支援してくださった、いや実質的に活躍してくださった諸先生方のお力によるものであります。別言すれば、私は、多くの改革の決定的瞬間に居合わせた、実に幸運な人間といえます。この機会に会員の皆様に心から御礼を申し上げる次第です。

佐藤 達夫(医11・昭38卒)